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最高裁判所第二小法廷 昭和54年(行ツ)155号 判決 1983年2月18日

上告人 国

代理人 柳川俊一 並木茂 川勝隆之 手塚孝 岸本隆男 内田国好 ほか七名

被上告人 モービル石油株式会社

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄し、第一審判決中右部分を取り消す。

前項の部分に関し、香川県収用委員会が被上告人のためにした昭和五二年九月二四日付損失補償裁決中、損失補償額八九六万九七八〇円にかかる部分を取り消し、上告人の被上告人に対する右部分の損失補償金支払債務が存在しないことを確認する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人蓑田速夫、同渡邊剛男、同鈴木芳夫、同前川典和、同福富昌昭、同岩部承志、同三木克彦、同染谷武、同堀江忠義、同轟雄介、同中島正敬、同江口慎一の上告理由について

道路法七〇条一項の規定は、道路の新設又は改築のための工事の施行によつて当該道路とその隣接地との間に高低差が生ずるなど土地の形状の変更が生じた結果として、隣接地の用益又は管理に障害を来し、従前の用法に従つてその用益又は管理を維持、継続していくためには、用益上の利便又は境界の保全等の管理の必要上当該道路の従前の形状に応じて設置されていた通路、みぞ、かき、さくその他これに類する工作物を増築、修繕若しくは移転し、これらの工作物を新たに設置し、又は切土若しくは盛土をするやむを得ない必要があると認められる場合において、道路管理者は、これに要する費用の全部又は一部を補償しなければならないものとしたものであつて、その補償の対象は、道路工事の施工による土地の形状の変更を直接の原因として生じた隣接地の用益又は管理上の障害を除去するためにやむを得ない必要があつてした前記工作物の新築、増築、修繕若しくは移転又は切土若しくは盛土の工事に起因する損失に限られると解するのが相当である。したがつて、警察法規が一定の危険物の保管場所等につき保安物件との間に一定の離隔距離を保持すべきことなどを内容とする技術上の基準を定めている場合において、道路工事の施行の結果、警察違反の状態を生じ、危険物保有者が右技術上の基準に適合するように工作物の移転等を余儀なくされ、これによつて損失を被つたとしても、それは道路工事の施工によつて警察規制に基づく損失がたまたま現実化するに至つたものにすぎず、このような損失は、道路法七〇条一項の定める補償の対象には属しないものというべきである。

これを本件についてみると、原審の適法に確定したところによれば、被上告人は、その経営する石油給油所においてガソリン等の地下貯蔵タンクを埋設していたところ、上告人を道路管理者とする道路工事の施行に伴い、右地下貯蔵タンクの設置状況が消防法一〇条、一二条、危険物の規制に関する政令一三条、危険物の規制に関する規則二三条の定める技術上の基準に適合しなくなつて警察違反の状態を生じたため、右地下貯蔵タンクを別の場所に移設せざるを得なくなつたというのであつて、これによつて被上告人が被つた損失は、まさしく先にみた警察規制に基づく損失にほかならず、道路法七〇条一項の定める補償の対象には属しないといわなければならない。そうすると、これと異なる見解に立つて被上告人の被つた右損失が右補償の対象になるものとした原審の判断には法令の解釈、適用を誤つた違法があり、右違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。

そこで、進んで、原審が適法に確定した事実関係に基づき、右破棄部分にかかる上告人の請求の当否について判断すると、被上告人の被つた前記損失につき原判決と同様の見解に立つて上告人が損失補償義務を負うものとした本件損失補償裁決には法令の解釈、適用を誤つた違法があつて取消を免れず、また、右裁決にかかる上告人の被上告人に対する損失補償金支払債務が存在しないことは、いずれも前記説示に照らして明らかであるから、上告人の右請求は理由がある。したがつて、上告人の右請求を排斥した第一審判決を取り消して、右請求を認容すべきである。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 木下忠良 鹽野宜慶 宮崎梧一 大橋進 牧圭次)

上告理由 <略>

【参考】 答弁書

第一上告の趣旨に対する答弁

一 本件上告を棄却する。

一 上告費用は上告人の負担とする。

との判決を求める。

第二上告の理由に対する答弁

一 (道路法七〇条一項の趣旨)

1 上告人は、道路法(以下「法」という)七〇条一項は、「道路の新設又は改築に起因する物理的障害に基づく損失のみを補償の対象とするもの」であるから、仮令「道路の新設により、道路に面する土地に於て適法に営業している給油取扱所によつて埋設されていた地下タンクが消防法の定める距離規制を充足しなくなり、そのため同地下タンクの移設を余儀なくされた場合に於ても、国は同地下タンク移設費用(これを上告人は「法規制上の障害に基づく損失」と呼称するが、「道路の新設による損失」である事実を看過させやすい点で適当でない)が補償する必要がない」のに原審判決は同条の解釈を誤り、国にその補償を命じたのは不当であると主張する。

上告人のいう「物理的障害による損失」とは何を指すのか必ずしも明確ではないが、若し、上告人が右用語を以つて、「道路の新設又は改築により道路の形状に高低差等の物理的変化を生ぜしめ、その結果、道路に面する土地の所有者等が道路の従前の形状を前提として生活上の利便のため設置した通路、みぞなどの工作物や境界の保全等のためのかき、さくなどの工作物の機能を損う」ことを指しているとすれば、法七〇条一項が補償の対象としているのは、機能を損われた工作物そのものではなく、道路の新設又は改築により道路に面する土地の所有者等が、同土地の従前の利用価値を損われ、それを従前の程度に迄回復させるために、工作物の移転等の工事を余儀なくされた場合に、その工事費を、同条項により補償する趣旨であることは、明らかである。

2 法七〇条一項は「土地収用法第九三条第一項の規定による場合の外、道路を新設し、又は改築したことに因り、当該道路に面する土地について、通路、みぞ、かき、さくその他の工作物を新築し、増築し、修繕し、若しくは移転し、又は切土若しくは盛土をするやむを得ない必要があると認められる場合においては、道路管理者は、これらの工事をすることを必要とする者(以下「損失を受けた者」という。)の請求により、これに要する費用の全部又は一部を補償しなければならない。この場合において、道路管理者又は損失を受けた者は、補償金の全部又は一部に代えて、道路管理者が当該工事を行うことを要求することができる。」と規定している。右規定の趣旨は、道路の新設又は改築による損失は、それが不法行為に該当しないとしても、道路に関する工事に伴つてしばしば発生することが予想されるので、法が特に補償の範囲及び方法を明らかにしたものであつて、諸般の事情を勘案し、道路の新設又は改築と当該土地の従前の用法による利用価値の減少との間に相当因果関係があり、かつ、価値の減少が社会的に通常受忍すべき限度を超えるときは、損失を補償する趣旨である(新潟地裁昭和四五年三月二四日判決、昭和四一年(行ウ)第六号・第七号及び同年(行ウ)第一〇号・第一一号事件他=甲第九号証及び甲第一〇号証。尚、原審判決及び同判決が引用する本件第一審判決も同旨)。

道路の新設又は改築によつて隣接地が余儀なくされる工事は、当該隣接地の利用状況(居宅、店舗、営業所等)によつて多岐に亘り、全ての場合を網羅的に想定して列挙するのは不可能であるから、法七〇条一項は道路工事により影響を受ける頻度の高い類型的な工作物を掲げたにすぎず、同条項が「通路、みぞ、かき、さくその他の工作物」と規定し、また行政実務上「みぞかき補償」と通称されているからといつて、右にいう工作物が「みぞかき」に類する工作物に限定されるものでないことは、法文上「その他の工作物」と規定され「これらに類する工作物」とは規定されていないことからも明らかである。

従つて、同条項の前記趣旨に鑑み、苟も工作物である限りは「その他の工作物」に該当すると解すべきである。そして本件地下タンクが、土地の工作物の一つであることは明らかであるから、法七〇条一項にいう「工作物」であることも明らかである。

参考迄に、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(昭和三七年六月一九日閣議決定)四四条は隣接土地に関する工事費の補償(所謂みぞかき補償)について定めているが、本条により一定の場合に隣接土地上にある建物等の全部若しくは一部の切取り補修、改造、曳家、揚家、降家その他適切と認められる工法による移転に要する費用を補償し得ると解されている(「例解用地と補償」損失補償実務研究会、東京出版株式会社昭和五一年五月一五日発行、五七九頁乃至五八四頁参照)し、又前出要綱四三条は残地に関する所謂みぞかき補償を規定しているが、「工作物に建物を含め改築に移転を含めて残地上の建物を本条の規定により移転することは、一定の要件のもとにおいて認めてさしつかえない(傍点……被上告人代理人)」と解されている(近代図書株式会社出版最新改訂版、同要綱の解説、建設大臣官房審議官小林忠雄編一六六頁参照)。

3 上告人は法七〇条一項は、土地収用法九三条一項、河川法二一条、海岸法一九条、地すべり等防止法一七条及び急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律一八条と規定の体裁、形式、文言が殆んど共通であるばかりでなく、立法趣旨も同じくしているので、統一的に解釈する必要があると主張する。そして被上告人としてもこの限りでは何等異論はない。しかし、上告人がこれらの条項が適用されるのは「公共事業の施行地に高低差等の形状の変化が生じた結果、隣接地に設置されている既存の工作物の機能を損なつた場合に限られるべき」であるとする点は、全く独自の解釈であり、これを肯認することが出来ない。土地収用法に定める損失補償の根拠は、いうまでもなく財産権の保障(憲法二九条)と公的負担の平等(憲法一四条)という理念にある。即ち、土地収用はすべて公共のために必要な事業のために行われるのであり、本来であればその事業によつて利益を受ける社会全員の負担で施行運営されるべきものであるが、現実には、具体的事業が特定の土地を使用して行われるから、その土地所有者等のみの犠牲乃至は負担において、当該土地を事業の用に供する外なく、その限りで公的負担の平等が破られる。そうした場合に特定の者の負担を全員の負担に転化し、いつたん破られた公的負担の平等を回復しようとする利害調整の制度が損失補償制度である。

(註) 上告人は原審判決が法七〇条一項の規定は憲法二九条三項の保障する損失補償制度の一つであると判示した点を捉えて、憲法二九条三項の「用いる」の解釈を誤つたものであると主張する。

上告人が言うように本件に於ては道路管理者が被上告人の私有財産を「用い」た場合には該らないが、憲法二九条三項は公共のために特定の財産権者に対して特別の犠牲を課す場合に、財産権の尊重と平等原則にかんがみ、正当な補償を必要とすることを定めたものである(橋本公亘著現代法律学全集2「憲法」三〇七頁参照)。そして右特別の犠牲と言い得るか否かの限界は侵害行為の対象が一般的なりや否や及び社会通念に照らし、その侵害が財産権に内在する社会的制約として受忍されなければならない程度のものであるかどうかの要素をあわせて決するものとされている(前記「憲法」三〇九頁参照)。法七〇条一項の規定もこれと同一の趣旨に出たものであることは明らかであるので原審判決のように法七〇条一項が憲法二九条三項の保障する損失補償制度の一つであると言つたところで、何らの誤りは存しない。

成程土地収用法九三条は、収用又は使用される土地(残地を含め)以外の土地についての補償であるが、公共事業のための犠牲であるという点では変りないから、公平の原則に照らして補償すべきものであるとして明文化されたものである。従つて、同条の補償は、隣接土地の従来の用法による利用価値を維持するために工事を必要とする場合にその工事費を補償しようとするものであつて、決して既存の個々の工作物の機能の喪失自体を補償の対象としている訳ではない。そしてこの理は法七〇条一項その他の所謂「みぞかき補償」を定めた規定に於ても同一である。

勿論、これら規定の文言、趣旨が共通だからといつて、道路、河川管理施設を含む河川、海岸保全施設、地すべり防止施設、又は急傾斜地崩壊防止施設は夫々その立地条件を異にするから、夫々の「みぞかき補償」規定の適用される具体的工事の種類、範囲に異同が生ずるのは当然のことである。

言う迄もなく、被上告人高松給油所の如き給油取扱所は、自動車の燃料であるガソリンを給油するための施設であるから、その機能を果すため、必然的に自動車の交通が頻繁な道路に面して設置されている。昭和五六年三月三一日現在の全国給油取扱所数は五四、八一四軒(昭和五七年石油資料、通商産業省・資源エネルギー庁石油部監修、石油通信社版、一七七頁)であり、これら給油取扱所が、全て道路に面する土地に於て、例えば昭和五五年度で年間国民一人当り二九二・八リツトルのガソリン(資源エネルギー庁総務課編「総合エネルギー統計昭和五七年度版」によれば、昭和五五年度の自動車用揮発油内需は三四、二七四、〇〇〇キロリツトル、昭和五五年一〇月一日国勢調査報告によれば日本の人口は一一七、〇五七、〇〇〇名)を自動車に給油しており、その約九割が本件地下タンク同様タンク室を設けず貯蔵タンクを地盤面下に埋設して営業しているのである。従つて、本件地下タンクの如き給油所設備は、常に道路と密接な関連を有しており、地下道を新設すれば法七〇条一項の補償を必要とする場合が多いことになるのに対し、「河川」「海岸保全施設」「地すべり防止施設」又は「急傾斜地崩壊防止施設」の設置によつて、本件の如き消防法違反の状態を惹起することがないのは、これら施設と、道路との機能及び立地条件の相違による結果に過ぎない。

(註) 上告人は「道路の新設、改築によつて、当該道路に面する土地について生じ得る法規制上の問題は、警察法規とその規制の種類、内容に応じて数限りなくあり得るところであるばかりでなく、その規制の性質、内容は千差万別であり×××道路法において、×××一律に補償を要する旨を定めるということは全く異例のこと」と主張するが、道路と道路に面する土地内の工作物との関係で問題となるのは、両者間の距離規制のみでありそうだとすると、具体的には消防法、火薬類取締法及び電気事業法きり存在しない。そして、警察規制で考慮するのは適法な警察行為による損失の補償の要否のみであつて、道路の新設による損失についての補償の要否ではないから、本件の事例のような場合に、前者が否定され、後者が肯定されるのは、それぞれの立法目的が違うためであつて、別に異例とするに該らない。例えば、上告人の掲げる電気事業法五〇条は電気事業者の電気事業の用に供する電気工作物が他の者の電気的設備その他の物件の設置(政令で定めるものを除く)により同法四八条一項の技術基準に適合しないこととなつたときは、費用の負担について当事者間で協議せよと規定している。そして、同法施行令三条二号は、道路法が適用される道路に関する工事、同工事により必要を生じた工事、同工事施行のため必要を生じた工事による後発的物件の設置については道路法で解決すべき趣旨を明らかにしているが、この規定は警察規制に基く出捐費用と道路法による損失補償との前述の関係を示している。

二 (法七〇条一項と消防法上の規制との関係)

1 上告人は、本件地下タンクの移設費用は消防法の規定する警察規制に基く損失であるから、その補償は消防法によつて行われるべきものであり、法七〇条一項の適用はないと主張する。しかし、本件事実は、原審判決の引用する第一審判決が摘示する通り、「国が、本件地下道を新設するに及び本件旧タンクのうち(1)ないし(4)が当該地下道からの水平距離にして一〇メートル以内に存在することとなり消防法一〇条四項及び同条に基く危険物の規制に関する政令一三条一号イに違反する施設となつた結果、被上告人は高松市消防局長から昭和四九年一二月二八日付で右消防法違反の警告を受け、昭和五〇年一月三一日までに改造計画書を提出するよう求められ××××結局右消防法違反を免れるべく×××昭和五一年七月一六日本件旧タンクの移設工事を完了した」というものである。右事実から明らかな様に、本件地下タンクの移設工事は、本件地下道(道路法二条一項にいう「トンネル」に該当)の新設がなければ、必要ではなかつたのであるから、道路の新設と因果の関係がある。即ち、上告人も詳細に述べる通り、本件地下タンクは、消防法二条七項所定の危険物であるガソリン、軽灯油、重油(同法別表第四類のうちの第一、第二、及び第三石油類)を同別表で定める指定数量以上貯蔵する地下タンク貯蔵所(危険物の規制に関する政令二条四号)として、同政令一三条一号イ及び危険物の規制に関する規則(昭和三四年総理府令第五五号)二三条により、地下鉄、地下トンネル又は地下街から水平距離一〇メートルを超える場所に設置し維持しなければならないことが要請され且つ被上告人に於て該要請を完全に充足してきたところ、上告人国が本件地下道(地下トンネル)を新設したため同地下トンネルから水平距離一〇米以内に位置することとなり、消防法による右要請を充足すべき義務を負担する被上告人としては、本件地下タンクの移設工事を余儀なくされたものである。換言すれば、被上告人が、消防法による右義務を負担していた事実は、上告人の法七〇条一項に基く補償義務を免れしめる理由ではなく、寧ろ、それ故にこそ同条項適用の要件としての本件地下道の新設と本件地下タンクの移設費用との間の因果関係を成立せしめるものである。そして、上告人国は当然消防法の施行に任ずるものとして、本件地下道新設当時、本件タンクの様な「地盤面下に埋設されているタンク」(同政令二条四号)が通常給油取扱所の地盤面下に埋設されており、且つ、その位置が「地下トンネルから水平距離一〇米以内の場所に設置されていないこと」(同政令一三条一号イ)という消防法上の規制に服するものであることは了知していた筈であり、本件地下道を現状のように新設するに際しては、被上告人の本件地下タンクの移設を必要とすることをも了知し得た筈である。従つて本件地下道の新設と本件地下タンクの移設との間の前記因果関係が相当のものであることも又明らかである。してみると、法七〇条一項の前記趣旨、目的からすれば、消防法に基く補償の可否とは関係なく、本件地下タンク移設費用を同条項の補償の対象から除外する合理的理由が存しないのは、原審判決の説示する通りである。

2 上告人は本件地下タンク移設は消防法令上の規制に基く損失であつて、消防法令に補償規定がない以上、補償することを要しないと主張し、

(イ) その理由として、消防法一〇条四項に基づく危険物の規制に関する政令一三条の定める離隔距離を維持すべき義務は、地下タンク保有者において、社会生活上受忍すべき当然の義務であるから、右義務を履行するに出捐した費用も地下タンク保有者に於て(仮令法七〇条一項の規定に該当しても)最終的に負担すべきであると主張する。

しかし乍ら、一般大衆の交通の利便に資する本件地下道が被上告人のみの犠牲損失の上で新設された限りでは、右犠牲損失は公用負担そのものであり、被上告人は法七〇条一項の要件を充足する限り損失補償を受け得べきものである。成程本件地下タンクは危険物を貯蔵する施設であるから、その所有者である被上告人は、同施設の維持管理に当つては、隣接地等に災害発生の危険を及ぼすことのない様注意を払わなければならないという抽象的義務を負つており具体的には消防法の諸規制に服し、若しその後の周囲環境の変化により、消防法所定の安全基準を充足しなくなつたときは、その出捐する費用で安全基準を充足させねばならない義務(警察責任者としての義務)があることは、上告人所論の通りであるとしても、そのことは、被上告人が警察責任を有する者として出捐した費用が、本件地下タンクという工作物の移設費用であり、同移設が上告人の本件地下道新設により必要とされた限りでは、法七〇条一項に該当することを左右するものではない。蓋し、警察責任者として、自己の管理支配する施設を、警察法規に合致する様維持する義務と、同義務履行に必要な出捐費用を、警察法規に合致しなくなる原因を与えた者に対し求償することの可否とは、自ら、面を異にする問題であるからである。

消防法一二条一項は、危険物貯蔵所の所有者、管理者又は占有者に、貯蔵所の位置、構造及び設備が同法一〇条四項の技術上の基準に適合するように維持しなければならないと規定し、同条二項は、危険物貯蔵所の位置等が右基準に適合していないと認めるときは、貯蔵所の所有者等に対し、右基準に適合する様に移転すべきことを命じることが出来ると規定している。そして安全基準の一として地下タンクの設置場所を「地下トンネル」から水平距離一〇米を超えることと規制している趣旨は、万一地下タンクからガソリン等の危険物が漏洩し地中に浸透しても地下トンネル内を出入する人に対し、危害を及ぼすことのないようにする点にある。従つて、右法規制そのものは、確かに、給油取扱所を所有又は運営する者の給油所土地或は設備の使用に対する財産権又は営業権に内在する社会的制約の表れと言えるから、右維持義務を履行するに当り経済的出捐を必要としても右損失を地下トンネル内利用者の安全(公共の利益)との関係で警察目的から捉えれば、一般的に給油取扱所が受忍すべきものといえる。従つて被上告人は給油取扱所に対する右規制が憲法に違反するとも主張していないし、又消防法の規制が不都合であるという趣旨で本件地下タンク移設費用を上告人に請求しているわけでもない。被上告人のいわんとする所は、上告人が地下トンネルを新設した結果、本件旧地下タンクが消防法の安全基準を充足しなくなつたところ、上告人が新設した地下トンネルは、道路の一形態である地下歩道であり、これによつてもたらされた公共の利益は、不特定多数の歩行者(自転車利用者を含む)及び、路上の自動車利用者の交通の便であるから、これとの対比に於て、被上告人のみに一金九百万円を超える本件地下タンクの移設費用の損失という犠牲を強いるのは、正義と公平の見地から不相当(受忍の限度を超える)であるので、法七〇条一項に基き補償を求めるというに尽きる。

(ロ) 上告人は、警察責任者が事実としての警察不適合状態を終了させる措置をとる警察法上の義務を負担する以上、その措置に要する費用も、警察責任者が負担するのは、同人の受忍の限度内であるから、法七〇条一項の適用に当つても受忍の限度内として、補償の対象とならないと主張する。警察責任者として警察当局としての国の警察権に服することと、法七〇条一項に基く補償の可否とは別個の問題であることは、前記主張の通りであるが、警察法規内固有の問題として検討してみても、警察不適合状態を終了させる措置に要する費用の最終負担者が常に警察責任者に限られるとする点は、異論がある。

一般に、警察の目的は、公共の秩序、安全に対する危害が現に生じている場合、或は、生ずる虞れのある場合に、その危害を除去し、或は未然にその発生を予防することにある。従つて警察に於ては、客観的な事実としての障害(警察不適合状態)の防止及び除去のみを目的とし、警察不適合状態を事実上防止除去(終了)するためには、誰に警察責任を負わせるかに着目して規制することとなる。そのため、必ずしも警察不適合状態を生ぜしめたことに帰責原因のある者に限らず、警察不適合状態を防止除去し得る者をも警察責任者として規制する。特に危険物等物の性状に結果する障害については、例外なくその「物」を法律上及び事実上支配しうる者を警察責任者として、同人の故意過失等の有無を考慮せず、いわば結果的責任を負担せしめるのである。そうだとすれば、警察規制が関心を有するのは客観的に存在する警察不適合状態を事実の上で除去することだけであつて、警察責任者が警察不適合状態を是正するため出捐した費用は、一切警察当局はもとより何人にも請求してはならないということ迄いわゆる警察規制の上での「受忍義務」の内容としているとは考えられない。右出捐費用の最終的負担者は、憲法を初めとする実定法の規定により確定されるべきものであつて、この場合、警察当局に対する補償請求権に関する限りは、公共の福祉と財産権の保障及び公平負担の原則とが較量されることになるのである。(最高裁判所大法廷昭和四三年一一月二七日判決参照)

そして上告人の主張する様に、「危険物保有者は、自己の支配する危険物の状態が警察法規に違反する場合には、自らの費用負担に於て右の違反状態を解消すべき責務を負う」理由が「その危険はもともと危険物中に潜在的に存在していたものであ」り「そのものをとりまく環境の変化によつて、警察上の危険が生じた場合は、潜在的危険が顕在化」したに過ぎないから、「財産権に内在する制約の範囲内に止ま」りその危険を除去する費用は、「特別の犠牲に該当せず、憲法上補償の対象にはならない」という点にあるとすれば、本来警察法規の中には、全然補償規定が存在する筈がないことになろう。

危険物に関する設備が適法に設置され維持されて来たのに或る事象の発生により警察不適合状態となる場合には大別して三通りありうる。

その一は、警察法規の制定或は改廃に伴い新たな負担が危険物取扱業者に一律に課せられる場合であるが、この場合は、立法の過程で、補償の要否、範囲、或は暫定措置、特例等が検討されるので、後に問題が起こるとすれば、当該法規自体が合憲か否かということの争いであろう。そしてここでこそ、当該警察規制との関係で、憲法上保障された各種の国民の権利の権利内在的制約の範囲が警察権発動の限界の問題として討議されることとなる。

その二は、警察規制の内容自体には、変更がないのに、警察責任者の作為又は不作為により、安全基準等を充足しなくなる場合であるが、警察責任者自身に帰責原因があるので、正当な権利行使とはいえないから、その匡正は、警察責任者の費用負担で行われるべきこととなろう。

その三は、警察責任者に帰責事由のない後発的事態の発生により、安全基準を満たさなくなる場合であるが、この場合に、警察責任者が警察適合状態に置く警察責任を果すため費用を出捐したとすれば、その出捐した費用の求償の問題は、実定法上請求権が認められるか否かによつて決まるのであつて、警察責任者が最終的に費用を負担する結果となるとしたなら、それは警察権発動者のみならずその他の者に対しても実定法上請求権が認められないことの反射的効果に止まると思われる。例えば、第三者が危険物取扱設備を故意又は過失により毀損し、その結果当該設備が安全基準を充足しなくなつたとすれば、危険物取扱者は、警察責任者であるから当該設備を復旧する義務を有し、その復旧費用を警察権を発動した警察当局に請求出来ない(権利内在的制約としての受忍義務)としても、不法行為者に対し求償する権利は、民法上認められて然るべき筈である。更に一歩進めれば、本件の様に、道路管理者である上告人が、公衆の交通の利便のため地下トンネルを新設する工事を行なつた結果、本件地下タンクが警察規制である安全基準を充たさなくなり、それを充足するために本件地下タンクの移設工事を行なつた被上告人が、その出捐費用を、消防法に基き警察当局に対し請求することは認められないが、法七〇条一項に基き補償を受けうると解しても何等矛盾はない訳である。

蓋し、道路新設そのものは適法行為であるとしても、それにより、道路に面した土地の工作物である本件地下タンクの移設工事が必要となつたのであり道路の使用による利便を被上告人の特別の犠牲で享受しているのは一般国民であることに徴すれば、適法行為による損失補償を定めた法七〇条一項が適用されると解するのが公用負担の平等の原則に適うからである。原審判決が引用する第一審判決が「被上告人が本件地下タンクの移設工事を余儀なくされたのは、自己の責任とか過失によるものでなく、一にかかつて上告人国の本件地下道の設置によるものであるから移設工事に要する費用は受忍限度を超える損失として、道路管理者たる上告人国において負担すべきが相当である」と判示したのは、右条理に則つたものであることは明らかであつて、上告人の主張する様に消防法令の解釈を誤つたが故の帰結と解する余地はない。

三 (法七〇条一項との関連における受忍限度)

1 法七〇条一項の定める損失補償制度の趣旨は、本答弁書第二、一項下に詳述した通りであり、又、消防法上、本件旧地下タンクに対し法律上及び事実上の支配力を有していることから被上告人が、本件地下道との関係で警察責任者となり、消防法所要の安全基準を維持するため本件地下タンクの移設工事を行うべき義務が存在したからといつて、法七〇条一項の関係でも当然同工事費用を究極的に自己の損失として受忍しなければならないということにはならないことは、同第二、二項下に述べた通りである。そして原審判決の引用する第一審判決の認定した事実の要旨は、「被上告人が、国道に面する土地を給油取扱所として使用して来たのに、従来消防法所定の安全基準を充足する給油所設備であつた本件旧地下タンクが、上告人の本件地下道新設により、右安全基準に違背する状態となり、その使用が禁止され、被上告人に於て当該土地を従前通り給油取扱所として使用するためには、本件地下タンク移設工事を施行することを余儀なくされ、これを施行し、同工事の費用を出捐したものである」というのであり又「上告人国が昭和四九年一一月二二日一般国道一一号線の区域内である高松市中新町二番一一先の中新町交差点に設置した本件地下道は、同交差点が徳島、高松、松山を結ぶ国道一一号線と県道の交差する香川県下でも最も自動車交通量の多い交差点であるので、交通の円滑化、歩行者の安全のため設置された」というのであるから、上告人国の本件地下道新設により被上告人が財産上の損失を蒙つている反面、一般の国民は交通の利便という利益を享受していることが明らかである。しかも、被上告人の右損失は、自己の責に帰すべき事由によるのではなく、専ら、上告人国の本件地下道新設という行為によつて生じているのであるから被上告人の財産(工事費用)が、自己の責に帰すべき事由によらず上告人国の行為により全体の利益のために供された関係となるから、特別の犠牲であつて、損失補償の一般原理である正義と公平の原則に従い、法七〇条一項の規定に該当する範囲で補償が認められなければならない。

参考迄に偶々本件給油取扱所は、石油元売である被上告人の社有給油所であるが、全国給油取扱所の畧九割は、中小企業により所有運営されているのが実情であり、昭和五一年当時の一金九〇〇万円也を超える損失は、これら企業の死命を制する程の金額ですらある。

四 (その他の上告人の主張について)

1 上告人は、隣接地間の利害の調整を目的とする相隣関係法の法理から、本件地下タンク保有者即ち被上告人は、同タンク設置の際、行政規制の有無にかかわりなく、もともと権利内在的な制約として隣接地に危険を及ぼさない丈けの後退距離を確保する等の措置を講ずべき責務があるとし、その責務は危険物の保有者は危険物の維持管理に当つて隣接地等に災害発生の危険を及ぼすことのない様注意を払わなければならないという一般法上の責務を具体化したものであると主張する。

上告人の右主張は、所有権の行使について国の立場を一般私人と同一のものとする前提から導かれている。その証左として上告人は、所有権の行使は権利の濫用にわたらない限り本来自由であり、国としては本来何等の制約も負担もなく自由に本件地下道の設置をなし得ると主張する。

しかし、本件地下道が設置された道路は、一般公衆の共同使用に供される公共用物であり公益に資するものであるから、その敷地が上告人国の所有に属するものだからといつて、何等制約のない自由な所有権の行使が許される訳ではない。所謂公共用物については、その管理に重点がおかれるから、それが公共の用に供されている限り、所有権の対象という面がはなはだ稀薄となり、むしろ、公共用物は公の支配又は管理の対象にすぎない。このことは道路法四条の規定によつても明らかである(法律学全集一三―Ⅱ「公物営造物法(新版)」原龍之助著、一三二頁以下参照)。しかし、国がこの稀薄な所有権を行使する場合には、その行使の態様、結果などが社会共同生活上公平妥当なものになるよう常に配慮すべきである。従つて国が公共用物の所有権を行使することに因つて、特定人(の既得権)に特別の犠牲を与えるに至るときは、国はその犠牲を最小限に止める責務がある。そして仮に最小限の犠牲に止められなかつた場合は、国にはその損失を補償する責務が存するのであり、それ故にこそ法七〇条一項の如き損失補償の規定が存するのである。要するに国の所有権の行使は私人に於けるよりもより強い制約を受けるものであるから、私人間に適用される相隣関係を支配する法理がそのまま国と私人との間の相隣関係を律するとする上告人の主張は失当である。

そもそも、損失補償制度は特定人の既得権を尊重する趣旨から設けられたもので、当該場所の現況を基準にせずに損失補償の要否を考慮することは出来ない。被上告人は本件地下道が新設される迄は、消防法上の規制を完全に充足して給油所の営業を続けて来たのであり、かかる営業権ないし財産権の行使は被上告人にとつて既得のものであつた。そして、少なくとも国の所有する道路敷に対する関係で、被上告人に、本件地下タンクの設置時に於て、地下タンクを道路敷との境界線から一〇米を超えた所に設置すべき後退距離確保義務が課せられていたとは考えられない。

ましてや本件旧地下タンクのうち三基が設置されたのは、昭和二七年及び二九年である(乙第四一号証乃至乙第四三号証の二)ところ、地下タンクの距離規制を定めた危険物の規制に関する政令が施行されたのは昭和三四年九月三〇日であるとの事実に照せば、被上告人に於て、右地下タンク設置時に上告人のいう後退距離を確保することは全く不可能であつたと言わざるを得ない。更に、右地下タンク設置時の社会情勢・技術水準からすれば、本件地下道の如きものが道路の地盤面下に敷設されるなどということは全く予期し難かつたものであり、この点からも上告人の主張は無理を強いるものである。

そして、上告人主張の後退義務が給油所運営者に課せられているものとすれば、道路敷との境界線から一〇米以内に地下タンクを有する給油所運営者(地下タンクを裸のまま埋設しているのは全国給油所のうちの約九割)は、将来道路敷に地下道が設置されるかもしれないことを予想して、自らの費用で、地下タンクの移設工事を施さねばならないこととなり、その結果の不当なことは言う迄もない。

以上述べたところからすれば、上告人のいう後退距離確保義務なるものは、危険物の保有者が危険物の維持管理に当つて隣接地等に災害発生の危険を及ぼすことのない様注意を払わなければならないという抽象的義務の具体的内容たり得ないことも明らかである。

2 上告人は、前述の通り危険物の保有者は、自己に責任のない後発的な環境の変化により危険が顕在化した場合であつても、危険物を自己の支配下に置いている以上、自己の負担で警察違反の状態を解消すべき責務を負うと主張し、右主張を裏付ける趣旨で警察法規上の「保安物件」との離隔距離保持義務を例に取つて説明している。

「保安物件」は常時人が出入・往来・存在する物件であるから、人の生命・身体の安全のため、危険物保有者が一定の離隔距離を保持すべきは当然であるが、上告人の掲げる「保安物件」を法律上定義している火薬類取締法、ガス事業法、電気事業法、液化ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律、石油パイプライン事業法のうち、道路(国道、県道)が「保安物件」とされているのは火薬類取締法(同法一一条、同施行規則一条)のみである。即ち、道路との間に一定の(水平)離隔距離を維持しなければならないのは、火薬類製造業者・販売業者だけである。

ところで、火薬類は、他の危険物と比較して、その爆発の強大性、人の生命身体に及ぼす影響の重大性から、火薬類取締法令上、より厳しい規制がなされているところから、火薬類製造者・販売者が火薬庫を設置するに当つては、人に対する危険を避けるため、人里離れた所を選んだり、そうでない場合でも予めその周辺に相当範囲の空地を確保するのが通常である。

従つて、上告人が言うように火薬庫の近辺に保安物件が入り込んでくることは稀有の事態と思われる上、火薬庫と道路(国道、県道)との関係は本件地下タンクと道路との関係よりもその物件の性質上遙かに関連性の薄いものである。

それでも尚、道路が後発的に新設されたことにより、火薬庫との保安距離が維持されない事態が生じたときは、火薬庫保有者は、火薬類取締法令に則り、火薬庫の構造、用途等を変更するか、貯蔵火薬類の数量を変更するか、又はその用途を廃止するかせねばならないのは上告人の言う通りである。しかし、このことと、火薬庫保有者が特別に蒙つた出捐費用の補償を誰に求め得るかということとは別個の問題である。苟も、法七〇条一項の要件を充たす限りは、道路管理者が右変更若しくは移転工事のうち相当の範囲内で補償をなすべきは当然である。この点につき、上告人の引用する「既設火薬庫の移転について」と題する通商産業省通商化学局長の回答書(甲第一四号証)には、火薬庫を移転する場合の経費の負担について火薬類取締法令に規定がないので、一般原則により決定すべきであるとの見解が述べられ、補償することを要しないとの見解は表明されていないことに注意すべきである。

上告人は法七〇条一項の損失補償の対象に法規制上の障害に基く損失を含めると、火薬庫移転の場合の移転費用だけが対象となり、火薬類数量変更の場合や火薬庫用途廃止の場合の損害が対象とならない不均衡が生ずると言うが、かかる不均衡は法七〇条一項の規定上、工作物の工事費用と、工事期間中の得べかりし利益の喪失その他のいわゆる「事業上の損失」の補償との関係でも生ずるところであり、火薬庫の場合に丈け特有なことではない。

3 上告人は、危険物の規制に関する政令一三条一号イ及び同規則二三条に規定する「地下トンネル」及び「地下街」が公共事業によつて施行されるとは限らないと述べ、これら施設を私人が設置運営する場合があるが如き印象を与え、私人の設置・運営に係る場合との比較上、法七〇条一項の補償の対象に本件地下タンク費用を含めるのは不合理であるかの如く主張する。

しかし乍ら、右「地下トンネル」は、消防当局によつて「電力ケーブル、電信電話ケーブル、ガス管、水道管等を収納する地下工作物及び公共下水専用管等で、点検、清掃等のため人の出入りするもの」と定義されており(東京消防庁予防部編著「危険物審査指針(資料付)」財団法人東京防災指導協会昭和五六年三月一日発行四九頁参照)、隣地所有者たる私人が下水溝等を設けてもそれは「地下トンネル」に該当せず、本件事例の如き問題が発生する余地はない。また、同政令一三条一号イに規定する「地下鉄」は地方公共団体たる都又は市ないしは公法人たる帝都高速度鉄道営団の運営に係るものであるが、これら運営者の行つた地下鉄建設工事に伴い、給油取扱所の地下貯蔵タンクが消防法上の基準に適合しなくなつた場合、適合させる為の工事費については、これら運営者と石油協同組合との協定に基き又は個別交渉によつてこれら運営者が補償してきているのが実情である(乙第二一、第二二、及び第三五号証参照)。

また、「地下街」は、昭和四八年七月三一日付建設省都計発第七一号及び昭和四九年六月二八日付同発第六〇号通達により、その設置計画策定に関する基準が定められ、公共地下駐車場や公共地下歩道の付属施設としてしかその設置が認められないうえ、その管理運営の事業主体は、国、地方公共団体、これに準ずる公法人、又はこれらから三分の一以上の出資を受けている法人(所謂特許事業)のみに限られている。そして東京都に於ては八ヶ所の地下街が存するが、これらは全て道路の地盤面下に設置されており、他の都市に於ても同一の状況にある。そして、地下街管理者の側に於て、地下街設置前に隣接土地の所有者等と十分に討議をなし、本件の如き事態が生じないよう善処されるか、又は損失補償がなされているのが通例である。

4 上告人は危険物の規制に関する政令一三条一号の規定の体裁から地下タンクは「タンク室」に設置すべきが原則であり、裸のまま埋設したのは好ましくないと主張するようである。

しかし、右規定の趣旨は、地下タンクは引火性液体の貯蔵方法として最も安全なものであるから、危険物のうち引火性のある第四類に限つては、一定の要件を具備すれば、裸のまま地下に埋設してよいということであり、前出の通り、現在の全国給油所の約九割が、裸のままの地下タンクを保有している現状に照せば、正にガソリン・軽灯油の地下タンク埋設方法は本件のように地下室に蔵置しない形が原則である。尚、この点で付言すれば、東京消防庁などが東海大地震対策として地下タンクは「地下室」に設置するのが望ましいとの考慮の下に、同指導を始めたのは、僅か四、五年前のことにすぎず、本件地下タンク設置の時期にはかかる指導は一切行われていなかつた。

5 上告人は、更に法七〇条が道路の新設又は改築に起因する物理的障害に基く損失だけでなく、法規制上の障害に基く損失までも補償の対象としていると解するときは、以下の様に現行法の体系上矛盾又は不合理が生ずるというが、いづれも失当である。

イ 上告人は、法七〇条一項が「当該道路に面する土地について」と規定していることから、当該道路と危険物の設置場所との間に第三者の所有地が介在する場合は、法七〇条による損失補償を受けることは難しいと主張するが、法七〇条一項は土地収用法九三条一項と統一的に解釈すべきことは上告人も提唱するところであり、「当該道路に面する土地」と土地収用法七五条の「残地」及び同法九三条の「当該土地及び残地以外の土地」との間には実体上の相違はなく、単に表現上の相違にすぎないとみるべきである(前田光嘉編「建設関係法〔I〕新コンメンタール」日本評論社版二二九頁―甲第六九号証)ので、上告人の右解釈は誤つている。仮りに上告人の解釈が正しいとしても、そもそも給油取扱所は、道路沿いに設置されているので、上告人のいうように道路と給油取扱所との間に第三者の所有地が別異の使用形態で介在することは皆無である。

尚、上告人は危険物の規制に関する規則二八条一六号、危険物の規制に関する技術上の基準の細目を定める告示三二条に定める「配管」を例に採つて説明しているが、この「配管」は消防法一〇条の「取扱所」の区分を定めた危険物の規制に関する政令三条三号の「移送取扱所」の設備のうちの地上配管のことであり、この種の地上配管は移送基地構内を除き(但し、移送基地構内の場合は、道路から二五米以上という離隔距離保持の要請はない)存在しない(配管は地下に埋設される)ので、上告人が言うように地上配管が「道路に面する土地」に設置されていたか否かで損失補償の有無が左右される不合理性を考慮する必要は存しない。

ロ 上告人は、「保安物件」たる道路と他の「保安物件」(鉄道、学校、公民館、病院、公園、団地等)とを対比し、道路の場合に丈け警察違反の状態を解消するための損失が補償されるのは不合理であると主張する。

しかし乍ら、右「保安物件」のうち「団地」の根拠法である都市計画法五条一項は「都道府県知事は××××自然的及び社会的条件並びに人口、土地利用、交通量その他建設省令で定める事項に関する現況及び推移を勘案して××××都市計画区域として指定する」と規定しており、又「公園」の根拠法である自然公園法三条は「この法律の適用に当つては、×××関係者の所有権、鉱業権その他の財産権を尊重するとともに、国土の開発その他の公益との調整に留意しなければならない」と規定しているところから、その設置に当つても、周囲の状況を十分に勘案することが要請されており、その設置に因り、危険物との保安距離が維持されなくなることは稀有であろう。他の保安物件の根拠法中に右と同一の規定は存しないが、その設置者に於て設置計画時に周囲環境の利害には十分配慮することが期待されるうえ、若し、危険物との保安距離に問題が生じたときは、具体的事例に応じて適切な処理がなされるものと思われる。従つて上告人の掲げる「保安物件」の根拠法の中に法七〇条一項の如き損失補償の規定がないからと言つて、そのことが被上告人の本件地下タンク移設費用を法七〇条一項の補償の対象としないとする指針とはなり得ない。

ハ 上告人は法七〇条一項と河川法二一条一項等の規定の文言が同一にも拘らず、保安物件でない「河川」「海岸保全施設」「地すべり防止施設」及び「急傾斜地崩壊防止施設」の設置によつて危険物に離隔距離保持の不遵守による警察違反の状態が生ずることはないから、道路とこれら公共施設の間で本件のような損失補償の可否が左右されるのは不合理であると主張したいようである。

「河川」その他の公共施設が人の生命・身体の安全確保の目的で規定される「保安物件」に指定されない理由は、そもそもこれら施設に人の出入り居住する事態を予想し難いからであろうことは、上告人に於ても首肯するところと思われるが、規定の文言、趣旨が共通だからといつて、道路、河川その他の公共施設は夫々その立地条件を異にするから、夫々の「みぞかき補償」規定の適用される具体的工事の種類、範囲に異同が生ずるのは、当然のことである。

付言するに「河川」はじめ右公共施設の定義(河川法三条一項、二項、海岸法二条、地すべり等防止法二条三項、急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律二条一項、二項)には、本件地下トンネルの如き物は含まれておらず、本件の様な事例が生起することは予想出来ないが、仮りにこのような事態が起つた場合、夫々の法の損失補償規定に従つた処理がなされるべきである。

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